平成21年7月31日金曜日

今日はなんだか気持ちが弱っていたので、海にでも行くかと外に出ると、家の前に蝉の亡骸がありました。
蝉は、土の中で7年間過ごし、地上で7日間全力で鳴き、そして死ぬと聞いたことがあります。
そう思い出し、その亡骸を見ながら、精一杯生きて後悔なく死んで行った者の、潔さと威厳のようなものを感じました。
見習いたいものだ、と思いました。

平成21年7月30日木曜日

TOKYO FMに出演します。

先日TOKYO FMからビーチヨガに関する取材の依頼をいただき、今日収録してきました。ALOHA GIRLSという海をテーマにした番組です。
私のヨガとの出会い、海でのヨガの魅力、私にとっての海、などについて話しています。
放送は、8月9日の予定です。

取材の後、帰国後初のヨガクラスを教えてきました。陰ヨガのクラスで、ゆっくりじんわり伸ばしました。終わった後、誰一人動こうとせず、ぽやーっとしている姿を見て、なんだかとても幸せな気分になりました。

平成21年7月29日水曜日

舞踏日記 祈り、立つ、石、女

久しぶりに舞踏のお稽古に行ってきました。大野先生とのお稽古は日本でしか体験することができない楽しみのひとつです。

いつもの時間に横浜駅に着き、相鉄線の乗り場へ向かうと、すごい人で様子がおかしい。
人身事故、とのこと。嗚呼、日本だなあ、としみじみ。
まだ電車は動きそうにないので駅の中をぶらぶら。顔が描かれたとてつもなくかわいいおにぎりケースを見つけ欲しくなるも、特に必要ないと気づき思いとどまる。こんなキュートなものが売っているのも日本。
電車はなかなか走り出しません。多くの人が携帯で電車が遅れていることを連絡したり、他の行き方を調べたり。そして携帯のカメラで混雑の様子を撮影する人を数人見ました。日本、面白い国だなあ、とまたしみじみ。

上星川駅で他の遅刻者達と合流。40分遅れて到着。でもまだ踊りは始まっていなく、先生がお話をしていました。
舞踏は祈り、先生はいつもそう言います。今日もまずは祈りから踊りました。
頭を垂れるということ。いつも偉そうにあごをあげていては、この人はたいしたことない、となる。深々と頭を下げられる謙虚さを持つ人こそ、おっ、この人は、、となる。ゆっくりおじぎをするように踊りました。

立つ、ということ。これはほぼ毎回やります。
立つことの難しさ。ただ立っていればいいんでしょ、そんなの簡単、ということではない。
立つという行為の中に、自分の舞踏、自分の芸術の全てを表現する覚悟で、全身全霊で立つ。
ヨガでもTadasanaというただ直立するポーズがありますが、これも全身に気を配ると簡単ではありません。
また、内を見つめる、内面凝視の目を練習しました。

石になる。石の密度を踊る。例えば、風を踊るときと石を踊る時では、体の密度、硬直度が全く変わってきます。その違いを表現しました。
また、ただ石になるのではなく、石のように固くなってしまう理由を日常生活の中に見つける。
そう言われ、何が私を固くしているだろう、自由を奪っているだろうと、思いを巡らせました。

最後は、女。女に生まれたからと言って女を踊れる訳ではない。
確かに、歌舞伎の女形のほうが、普通の女性よりよっぽど女らしいと感じられることは多々あります。
ティッシュを一人一枚渡され、それを持って、愛する人が去っていくのを見守る女性を踊りました。前にでていくのではなく、悲しみの中、少しずつ後ろに歩いて行くという、想いをこめた動き。最後は床に寝かされた大きな長方形の鏡を川と捉え、水面に映る自分に目をやりながら、ゆっくり女らしくしゃがみました。

お稽古の後は、いつもいなり寿司が出ます。みんなでお茶を飲みながらいただきました。

平成21年7月27日月曜日

インド寺巡り Savitri Temple

帰国して1週間が経ちました。海のすぐ近くに住んでいるけれど、なんだか梅雨の逆戻りのようなお天気で、海で遊ぶタイミングを逃し続けています。今日こそ!と思っていたら、この雨。。。だから部屋で一人遊びをしています。インドとオーストラリアの写真を整理しながら、思い出に浸っていました。大量の写真を撮ったけれど、インドはさまざまな出来事が起こりすぎるため公開したのはほんの一部で、共有したい旅話はまだまだあります。そこで、今日はインドのプシュカルに逆戻りしようかと思います。


プシュカルは、インドのラジャスターンにあるヒンドゥー教の聖地で、プシュカル湖を中心にひろがります。また、創造の神、ブラフマーを祀った寺院がある世界で唯一の土地です。ブラフマーはヒンドゥー教の三大神の一人で、あとの二人、ヴィシュヌとシヴァは数えきれないほどのお寺が造られているにもかかわらず、なぜブラフマーはひとつだけなのでしょう?それにはある面白い逸話が。。。

ブラフマーがある儀式を行う際に、妻であるサヴィトリを隣に座らせるため、息子に彼女を呼んで来るように言いました。でも息子の間違ったはからいにより、サヴィトリは遅れてくることになります。でも儀式は定刻に始めなければなりません。そこで、そのへんにいた娘を連れてきてガヤトリと名付け、妻の代わりに隣に座らせて儀式を始めました。そして、後に現れたサヴィトリは激怒します!呪いをかけて、ブラフマーを老人にし、プシュカル以外の場所で崇拝されることがないようにしたそうです。けっこう激しいですね!でも人間味があって好きです。


サヴィトリ寺院は、ブラフマー寺院のうらの高い丘の上にあります。私が今まで訪れたお寺の中でももっともパワフルだと感じた場所の一つです。40分くらいかけて長い階段を上り、頂上まで行き着くと、そこは別世界。プシュカルの街全体を見下ろす素晴らしい眺めと、澄んだ空気が心を洗います。中には、サヴィトリとサラスワティなどがまつられています。入ったとたん、深々と頭を下げたくなるような、静かだけれど強烈な感覚を味わいました。サヴィトリの名前が出てくる、ガヤトリマントラを心の中で何回も唱えていました。(ガヤトリとサヴィトリは実は同一人物との説もあります。)深い感謝と畏敬の念を覚え、お寺に対して心から寄付をしたいと初めて思いました。私にできる小さなこととして、また、このエネルギーを持って帰りたいという思いから、お寺グッズをいろいろ買いました。


プシュカル湖をはさんで対角線状にある丘の上に、ガヤトリ寺院があります。

浮かれ気分で山を下り終わると、なんと買って1ヶ月の日本製カメラが壊れました!パワースポットでは電化製品が故障しやすいっていうアレですか!?びっくり。でもまあしょうがない。。。帰国した後も保証はきくし、不便だったけど、すべては完璧なのですよね。。。

平成21年7月21日火曜日

マントラ・チャリティコンサート

数人の方からこの企画をすすめていただき、私自身もインドで学んだことを日本の方々と共有する良い方法の一つと思い、開催を決めました。
インドのリシケーシュにあるパルマースニケタンアシュラムで唱えられているマントラを詠唱します。
マントラは、日本で言うお経のようなものですが、このアシュラムのマントラは、荘厳だったり、清らかだったり、切なかったり、いろいろなムードを誘う美しいメロディにのせられています。
有名なマントラも多く出てくるので、知っているものがあったらぜひ一緒に口ずさんでみてください。



『マントラ・チャリティ・コンサート』
8月2日(日)午後6時~7時 @メコノプシス map
(渋谷区神宮前2-13-2 カリバー・ヘンドリックス2F)
contact: doooosa@gmail.com/080-6749-7215
2000円(収益の一部を子供や動物のために寄付します)

インドのリシケーシュにあるパルマース二ケタンアシュラム発行の小冊子、『Prayers and Mantras』より全マントラを詠唱します。
朝の祈り、神々、女神達への祈り、グルの恩恵、解脱の詩、平和の祈りなど。
インドの弦楽器、タンプーラの音色とともに、心をこめて捧げます。

マントラ詠唱、タンプーラ:ユキ・タニグチ
サンフランシスコ留学中に、マントラに初めて触れ、その美しさに魅了される。のちにマントラ、音をより深く学ぶためインドへ。リシケーシュでマントラ詠唱、ヴァラナシでサンスクリット語、インド古典声楽ドゥルパドを学ぶ。現在はインドと日本を往復しながら、東京、鎌倉でマントラ詠唱やヨガの指導をしている。(『音のヨガ』http://yukitasogare.blogspot.com/

平成21年7月19日日曜日

ただいま!

昨日オーストラリアから戻りました。

本当にありがとう!オーストラリア!

またよろしく!日本!

平成21年7月16日木曜日

Nirvana Shatakam

ニルヴァーナ・シャタカムという詩を紹介したいと思います。
リシケーシュで習ったマントラの一つで、その意味を最初に見たとき、少しギョッとし、同時になんだか心が躍ったのを覚えています。

8世紀の偉大な聖者シャンカラチャリヤがアドヴァイタ・ヴェーダンタ(非二元哲学)を6編の詩にまとめました。8歳の男の子が、グル(師匠)をもとめてヒマラヤをさまよっていると、そこに聖者が現れ、"Who are you?" と聞きます。それに対する男の子の答えがこの詩です。そして、この聖者こそが、彼が探し求めていたグルだったのだそうです。

8歳でこの答え、すごいなあ。。


Mano-buddhy-ahankara cittani naham na ca srotra-jihve na ca ghrana netre
Na ca vyoma bhumih na tejo na vayuh Cidananda rupah sivoham sivoham

Na ca prana samnjo na vai pancavayuh na va sapta-dhatuh na va panca-kosah
Na vak-pani-padam na copastha-payu Cidananda rupah sivoham sivoham

Na me dvesa ragau na me lobha mohau mado naiva me naiva matsaryabhavah
Na dharmo na cartho na kamo na moksah Cidananda rupah sivoham sivoham

Na punyam na papam na saukhyam na dukham na mantro na tirtham na veda na yajna
Aham bhojanam naiva bhojyam na bhokta Cidananda rupah sivoham sivoham

Na mrtyur na sanka na me jati bhedah pita naiva me naiva mata na janma
Na bandhur na mitram gurur naiva sisya Cidananda rupah sivoham sivoham

Aham nirvikalpo nirakara rupo vibhutvacca sarvatra sarvendriyanam
Na ca sangatam naiva muktir na meya Cidananda rupah sivoham sivoham


私は、自分の思考でもなく、知性でもなく、記憶でもエゴでもない。耳でも舌でも鼻でも目でもない。
地でも空でも火でも風でもない。私は無限の意識、純粋な自己である。

私は、5つのプラーナでもなく生命の息でもない。私は、7つの体の部位でもなく、5つの鞘(Kosha)でもない。
私は、会話の器官でも手でも足でもない。生殖器でも肛門でもない。私は、無限の意識、純粋な自己である。

私には好き嫌いもない。強欲、妄想もない。うぬぼれや嫉妬もない。
法や富や快楽や悟りを追い求めることもない。私は無限の意識、純粋な自己である。

私には、罪も徳もない。喜びも悲しみもない。私には、マントラ、聖地、ヴェーダ、儀式も存在しない。
私は、経験でもなく、経験の対象でも経験している者でもない。
私は無限の意識、純粋な自己である。

私には死もなく、疑いもなく、カーストの違いもない。父も、母も、誕生もない。
教師も、生徒も、親戚も、友人もない。私は無限の意識、純粋な自己である。

私は、思考、形から解放されている。私は全ての感覚器官に繋がり、あらゆるところに存在する。
私は束縛と自由にとらわれない。
私は無限の意識、純粋な自己である。

平成21年7月14日火曜日

マントラ・瞑想クラス 8/5 start!

鎌倉の水曜夜のマントラクラス、8月5日より再開します。


マントラ・瞑想クラス 

マントラは、神聖な力を秘める音です。このクラスでは、古代インドの言語であるサ ンスクリット語のマントラを唱え、歌います。
また音を使った瞑想法などを紹介していきます。経験不問。ヨガマット、予約不要。普段着でお越し下さい。

水曜夜7時30分〜9時@大町会館

鎌倉市大町1-11-17 大町会館 2F(八雲神社の隣鎌倉駅から徒歩約7分 地図

予約制
ashtangakamakura@gmail.com

       
初回:2000円、ドロップイン:2500円
月謝:8000円
4回券(3ヶ月有効):9000円(未成年は¥4,000)
10回券 (3ヶ月有効) ¥21,000


上記の金額はあくまでも基準価格です。学生の方、または失業中などで支払いが難しい方はご相談ください。
休暇やその他の理由でしばらく練習できない場合は期限を延長することもできます。
メンバーシップはアシュタンガ鎌倉の全てのクラスで有効です。
詳しくは、『キャメロンのヨガページ アシュタンガ鎌倉』をご覧ください。(ページを下にさがっていくと、『8月のスケジュール』のところにマントラ・瞑想クラスが載っています。さらに下にいくと、『月会費について』などの詳しい説明があります。)